福島県震度6弱|体験談を書いてたら遺書みたいになった

今、余震を感じながらこのブログを書いている。

先日の2月13日深夜11時ごろ。私は震度6弱の地震を体験した。

夫はもう眠っていて、私は別室でパソコンを触っていた。
そのとき、小さくゆら〜と地面が動いたかと思ったら、突然大きく上下左右に揺れ出した。
すぐに治るかと思いきや、どんどん揺れが大きくなった。
私は夫のいる寝室へ走り、飛び起きた夫の安否を確認できた。
ただ、そのまま私たちは動揺して何もできず、静かになるまでベッドに潜ってじっとしてしまった。

部屋の状況はというと、さほどひどくはなかった。

大きい方のテレビが倒れて画面が割れ電源がつかなくなったり、棚の上に置いていた急須が落ちて割れていたり、玄関のゴルフクラブが倒れて出口を大きく塞いでいたり、冷蔵庫の中で雪崩が起きていたりしたくらいで済んだ。

夫はたまたま仕事が休みで一緒だったからよかったが、本当に「死ぬかも」って思った。
1階に住む私たちが先のような行動をしていると本当に死にかねないと思い、心底反省している。

実際に避難するレベルではなかったが、こんな強い揺れを体験したのははじめてのことで、既にトラウマになってる気がする。

「今後1週間くらいはこれと同等、もしくはもっと強い地震が来るかもしれないので警戒するのと、備えをしっかり!」とテレビで言ってるのを何度も聞いてる。

そこで、これから地震や津波が来て、逃げられず自分の身に何かあった時のために、地震の怖さも含めて、今思うことを書き残しておく事にした。

ここから徒歩5分ほどに太平洋があるので、紙で残しても流されてしまうかもしれない。
まるで遺書みたいだけど、遺書というには仰々しいし、
だからって思い当たる人全員に連絡するのもなんか違うので、この形を取る事にした。

目次

幸せだったこと

思い出せばきりがないが、特別なものを書いとく。

両親の元に生まれたこと

いつも悩みやくだらない話を何時間も聞いてくれて、とにかく常に笑いを取る母。
不器用だけどいつも気に掛けてくれて、励ましてくれる父。

顔や体型は母似、性格と眉毛は父似の私。
兄弟3人ともめちゃくちゃ大事に育ててくれて、本当に感謝してる。

もう一度赤ちゃんから、二人のもとでお世話になりたいと願うほど(?笑)愛情いっぱいに育ててもらった。


また、私には最高な兄弟がいる。

あっさりしてて、ちょっとした一言で笑いをかっさらう妹と、
おっとりしてて、時々不思議ちゃんになる運動神経抜群の弟。

子供の頃はいつも喧嘩しかしてなかったのに、
毎週のように電話してるくらい仲良し!(笑)

ありがとう。
これからも末長くよろしく。

夫と結婚できたこと

夫は、私には本当にもったいないくらい素敵な人。

優しいのは当たり前で、いつも一緒にふざけてくれる。
最近はオクラホマミクサーを毎日一緒に踊る習慣ができてる。
私が作ったご飯を残さず食べてくれて、しかも「美味しい」と言ってくれる。
運動不足もあるのか、体が疲れやすいようで、マッサージが大好き。
私のテキトーなクオリティでも毎回お礼を言ってくれる。
お腹が捩れるほど笑える日々を送れてるのは、間違いなく夫のおかげ(笑)

「長崎に帰ってもいいんだよ」

今回の地震で何度もそう言ってくれたけど、
私はこんなことで夫と離れるつもりは毛頭ないのだ。
たとえ死ぬかもしれなくても、夫から離れたくない。

叶うなら、死んでもまた夫と結婚したい!

たくさんおいしいものを食べ、たくさん綺麗な場所に行けたこと

こんなにコロナが大流行する前は、家族や友達とたくさん出かけた。

美味しいものもたくさん食べて、お酒も愉しんだ。

写真を眺めてはニヤける。

嬉しかったこと・よかったこと

全てを書こうとしたところ、長すぎて収拾がつかなくなったので、ここからは淡々と書き出してみる。

  • 少ないけど友達がいること
  • 慕ってくれる後輩や、信頼してくれる先輩がいること
  • ゲームや運動、アニメなど、趣味が色々できたこと
  • 両学長のYouTubeに出会い、人生観が変わったこと
こばと

友達とたまに喧嘩もした(笑)おかげで絆が強まった!

やり残してること

  • 家族や親戚に再会すること
  • 子供を授かって夫に会わせること
  • 長崎に帰ること

仕事的なこと

  • ブログでもっと人のためになる記事を書くこと
  • web制作を勉強すること
  • 仕事をスタートし、仲間を作ること
  • 沖縄、北海道、メキシコ、ハワイへ行くこと

趣味のゲームのこと

  • 「APEX」をプレイしてみたい
  • 「Dead by Daylight」で殺人鬼・生存者共にランク1になりたい
  • 「あつまれどうぶつの森」で一度でいいから島を完成させてみたい
  • 「Splatoon2」でフレンドとまたあそびたい

嘘みたいなことを言うが、ここまで書いてみて、私のやりたかったことってこれだけなんだと思った。
どれも決して簡単じゃないのに、ワクワクしてる自分がいる。

これらに取り組むのに、被災する前の私だったら

  • やることが山積みだ
  • やりたいことなのにエンジンがかからない
  • なんか悶々としちゃってたのしくない

などのイマイチな感情がよく湧いていた。

でも今の私は、こんな事態でもこうしてブログを書き出し、
自分の人生を振り返ってる。

遊びも勉強もなんでも、災害さえなければ最も簡単にできそうな気さえしている。
絶対そんなことないのに(笑)

身の危険を感じたからだと思う。

人生をちょっと振り返って、備える

今まで本当にたくさんの思い出ができた。

自分的にはたくさんの幸せをもらったし、辛いことや苦しいこと、
悲しいことも、ここに書くほどではないが、ちゃんとあった。

今、自分の心が「幸せ」で胸いっぱいに満ちている気がする。

だから私は、地震や津波が来ても、絶対に生き抜く。
この気持ちも想いも「0」になんて絶対にしない。
「絶対に死んでやるもんか!!」と強い気持ちでいる。
そのために、しっかり備えたのだ。

太平洋まで徒歩5分なので、車で逃げる。
必要なもの、大事なものは一通り積んである。

万が一、車がダメなときは、潔く乗り捨てる。
貴重品や最低限必要なものが入ったカバンだけ取って、とにかく走る。

イメトレはばっちりだと思う。

もしものときは

もしも私の身に何かあった時は、情報が徐々に家族や友達にめぐる。

そしてこの記事を最初に見つける家族は、いつも見てくれている母だろうから。
その時は私の夫も含めて、知ってる人たちに見せて欲しい。

大したことは書いてないし恥ずかしいけど、この際全部OK(笑)

それで見てくれたみんなが、自分の人生がこのままでいいのか、
ちょっと振り返るきっかけになったら本望。

あとは、長崎は地震が本当に少ないけど、防災バッグを玄関にばっちり用意しておくことと、
避難経路・避難場所をしっかり分かっておくことを、必ず約束してほしい。

これは今読んでくれてる読者の方にも、必ずお願いしたい。

「その時になったら調べるから大丈夫」
「そうゆう災害は今までも起きたことないし多分大丈夫」

とか思ってる人は、直ちにその考えを改めたほうがいい。

そう思っていても実際、体は動かない。頭も真っ白。
時すでに遅しで、本当に◯ぬかもしれない。

何事もなく1種間過ごせたら

私が今回の地震によって、新たに感じたこと。

今回の地震がこのまま静かに収束したら

  • 各地の災害情報に敏感でいる
  • 被災者さんのサポートを積極的にしていく
  • 「やり残したこと」を1つ1つなくしていく

今回被災したことをTwitterで呟いたところ、
ツイートを見た方が何名かが気遣いの言葉や応援メッセージ、アドバイスをくれた。

その中には

「物資が足りなくなったら水やパンを送るから遠慮なく言ってくださいね」
「西日本側からの便なら多分出やすいだろうし、困ったらなんでも送るから言ってね」

など、物資の心配をしてくださる方が複数いて、私の張り詰めてた緊張がかなり緩んだ。

今回の災害が収束したら、これからは私も被災者さんの力になりたいし、
私がそうしてもらったように、不安で胸がいっぱいの人たちを少しでも支えたいと思った。

また、おそらく今まで生きてきた中ではじめて自分の死を意識した。

なので、自然と湧いてくるやり残したことのなかでも「特にやりたかったのにできなかったこと」が浮き彫りになった。
それが先ほどあげた「やり残したこと」。

これを助かった命があるうちに1つ1つやっていく。

人生は長いともあっという間とも言うけど、明白なのは人生は1回しかないということ。

命は有限で限りがあり、無限じゃない。
今回被災して、特に危機感を覚えた。

こばと

締めの言葉が見つからないので、最後に一つだけ。

ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。
今後はより一層、自分のやり残したことに、有限であることを意識して向き合います。

これからもよろしくお願いします。

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コメント一覧 (2件)

  • 楽しくブログ拝見させていただいてました❤️そして見つけたこの記事、、他人事ではありません!うちは実家が太平洋から徒歩10分です。こばとさんちから高台は近いですか?2月の地震は本当に嫌な地震でしたね。このまま何もないと良いのですが、、、

    • おはようございます!コメント頂けてすごく嬉しいです(ジーン( ; ; ))!2月の地震。後々散歩してた時に見つけた記念碑を見て知ったんですが、うちの街震度6弱だったんですが、東日本大震災の日と同じ震度だったことがわかりました。当時行方不明者は3人出てるそうです。もし2月の時も津波がきてたら…と思うとゾッとします。ご実家と似たような場所にわたしも住んでいそうです^^心配ですね。海がすぐ近くにあるのは嬉しいようで怖いですね。失礼かもしれないんですが、もしって時、それだけ海が近かったら、逃げる際は車なんでしょうか??高台は徒歩だと15分くらいのところにあります。避難はわたしの場所の場合、①まず車に乗る 危なそうだったら②全力で走る だと思ってます。なるべく途中まででもいいので車で逃げるつもりです。最近は揺れても震度2、3くらいなのでこのまま何もないことを願います。すっかり長くなってすみません(笑)

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